MTF日記/大学院生

MTF当事者(戸変済)の日記

 

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【MTFのムダ毛事情】除毛ってやっぱり大変?毛にまつわる「活性化エネルギー」【男の娘】

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こんにちは まるまるです

少しずつ気温も上がり、半袖やノースリーブの出番が近づいてきました。 肌の露出が増えるこの時期、どうしても気になってくるのが「ムダ毛」のお手入れではないでしょうか。

そんなタイミングで、最近youtubeの視聴者の方からこんな質問をいただきました。 「男性だと、除毛とかこまめにやらなきゃいけないイメージがあるのですが、やっぱり大変なんですかね??」

これたしかに気になるひとも多いとおもいます。 漫画のキャラなど世間一般的に「MTF=毎日のヒゲ剃りや脱毛で苦労している」というイメージが強いのかもしれません。

今日はこの質問にしっかりお答えしつつ、私の過去の努力(笑)や独自の理論、そして現在のリアルな脱毛事情について、お話ししようと思います。

結論から言うと、MTFでも「本当に人による」

まず結論からお伝えすると、こればかりは本当に「人による」としか言えません。 もともとの体質や遺伝はもちろんですが、一番大きく影響するのは「ホルモン治療を始めたタイミング」だと思っています。

では、私自身はどうなのかというと……ムダ毛の処理に関しては全然大変だと思っていません

というのも、私は高校2年生の時から女性ホルモンの治療を開始しました。 高校2年生といえば、男性としての本格的な体毛がドバッと生え揃う直前か、あるいは生え始めの時期。 私はギリギリのタイミングで、そこにストップをかけることができました。

そのおかげで、一番厄介で時間もお金もかかる「ヒゲ」に関しては、現在に至るまでまったく生えません。 私にとって「自分の顔にヒゲが生えて、それを剃る」という行為自体、想像するだけでものすごい忌避感と精神的ストレスを感じてしまうものだったので、あの時期に治療に踏み切れて本当に良かったと心から思っています。 (金銭的にも脱毛するとなると面倒ですし)

他の部位についても同様です。 比較的早い段階で生え始めていすねや腕の毛も、今となっては2ヶ月に1回くらい、気が向いた時にササッとシェーバーを当てるだけで十分なレベル。 脇は残念ながら少しだけ生えてきますが、ネットで調べて比較してみても、一般的な女性よりも密度は薄く、生えるスピードもかなり遅い方だと思います。 (ぽつぽつとしか生えない) 生えている部位も少ないし、生えている部位についても生えるスピードがかなり遅い方だと思います。 (男性とは比較にすらならないレベル)

私の持論:「毛の活性化エネルギー」

ここで私の「個人的な持論」を少し語らせてください(笑)。

私は、毛が本格的に生え始めるためには、一種の「活性化エネルギー」みたいなものが必要だと考えています。 化学の授業で習った、あの山を越えるエネルギーのことです。

つまり、毛根が「産毛」から「太く濃い毛」へと進化するためには、男性ホルモンという強力な着火剤がないと、そのエネルギーの壁を超えられないんです。 しかし厄介なことに、一度でも男性ホルモンの力でその壁を越えて「太く生え始めた部位」は、その後ホルモン治療などで男性ホルモンが激減したとしても、惰性でそのまま生え続けてしまう……という法則がある気がしてなりません。

私の場合は、幸運なことに多くの部位がその「活性化エネルギーの壁」を越える前に、治療によってストップをかけられました。 だからこそ、全体的に毛の成長が遅く、今のような「処理が圧倒的に楽な状態」を保てているんだと自己分析しています。

中高時代の涙ぐましい「美白&除毛」大作戦

今でこそムダ毛処理の悩みはほとんどないですが、中高生の時はそれなりに必死で、見えないところで孤独の戦いを繰り広げていました。

当時は脛くらいにしか目立った毛は生えていなかったものの、それすらも許せなくて。 特に、体育の授業で半袖短パンになる前日なんかは、もう部屋にこもって徹底的に処理していました。 しかも、カミソリで「剃る」のは、なんだかチクチクしそうだし太くなりそうで嫌だったんです。

そこで私が愛用していたのが、家にあった「謎の毛を抜く機械」。 おそらく母か誰かが買った電動脱毛器(ローラーで毛を巻き込んで引っこ抜くやつ)だと思うんですが、モーター音を「ブイイイイン」と響かせながら物理的に毛を引き抜きます。 剃るよりは痛いですが、生え変わるスピードが遅いです。

そして、私の執念は毛だけに留まりません。 白い肌になりたい!と思っていたので日焼け対策も異常なほど徹底していました。 (女性ホルモンは肌を白くする効果もあるらしいです)

普通の体育の授業でも、日焼け止めを顔から腕まで厚塗り。 極めつけは体育祭です。 周りの同級生たちが半袖短パンで太陽の下、青春の汗を流している中、私一人が「上下長袖のジャージ姿&日傘をさす」という、完全に浮きまくった完全防備スタイルを貫いていました。 太陽の光を親の仇のようにガードし続けるその姿は、今思い返すとちょっとヤバい奴だったかもしれませんが、あの頃の私にとってはアイデンティティを守るための必死の防衛戦だったんです。 もちろん出場競技のときは半袖短パンでしたよ(笑)

現在の脱毛事情と、ちょっとした悩み

そんな激動の(?)中高時代を経て、私の現在の脱毛事情はどうなっているかというと。 脱毛サロンや医療脱毛クリニックには一切通っていません。

家に家庭用の光脱毛器が一つあるだけで、それすらも「たまーに気が向いた時に引っ張り出して使う」くらいの手抜きっぷりです。

もちろん、「どうせなら医療脱毛で全身ツルツルにして、1ミリの悩みも消し去りたい!」という憧れはあります。 でも、現実的に考えると「何万円も払って通うほど、ガッツリ生えてるわけでもないしなぁ……今のままでも困ってないし……」と、絶妙に迷って二の足を踏んでしまうラインなんですよね。

ただ、脇だけはしてもいいかなと思っています というのも友達の経験談なのですが「ワンコイン(500円?)で脇だけ脱毛できるお試しキャンペーンに行ったら、めっちゃ効果あってさー!」と話されたからです。

「500円なら、脇だけサクッとやってもらいに行こうかな……いやでも、やっぱりめんどうくさいし、家で頑張ろうか……」と、今とても心が揺れ動いています(笑)。

皆さんは、ムダ毛の処理や脱毛ってどうしていますか? もし「ここのサロン、勧誘もなくて良かったよ!」とか「家庭用脱毛器をサボらず使うコツ」なんかがあれば、おしえていただきたいです!

また今度!

次のページでお会いしましょう!

まるまるでした

【思考実験】GIDの選べない苦痛を体感する~今日から自認アイドルと笑うあなたへ~

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「自認で性別を選んでいいなら、俺は今日から自認〇〇のアイドルだ!」

「自分を猫だと自認したら、猫として扱ってくれるのか?」

SNSやインターネットの掲示板、あるいは日常の会話で、GID(性同一性障害/性別不合)の話題になると、決まってこのような揶揄を目にします。

ただ悪意で馬鹿にしているだけの人もいれば、本気で「GID当事者は、自分の好きな性別をファッションや気分の延長で選んでいる」と勘違いしている人もいるでしょう。

もしあなたが非当事者で、少しでもそうした考えに共感したことがあるなら、あるいは「当事者の気持ちなんて一生わからない」と思っているなら、どうかこの記事を最後まで読んでみてください。

GID当事者が抱える苦痛は、決して「選べる」ような軽いものではありません。

それを論理的、かつ感情の根底から理解していただくために、今日は一つ、あなたの認識を根本から覆す思考実験を用意しました。

「自認」という言葉の罠:それは能動的な「選択」ではない

まず大前提として、世間の大きな誤解を解かなければなりません。

それは「性別を自認する」というのは、能動的な行為(自分で選んで決めること)ではなく、受動的な結果(気づけば自然とそうなっている状態)であるということです。

「自認」という言葉が、まるで「自分で認める=自分で決める」かのような響きを持っていることが、非当事者の誤解を生む最大の原因です。

非当事者の皆さんも、毎朝起きて鏡に向かい、「よし、私は今日も男(女)として生きるぞ!」と固く決意してはいませんよね。

ただ、息をするように自然に、自分がその性別であると無意識に認識しているはずです。

性別を認識するということは、あまりにも受動的で、重力のように自然な状態であるため、ほとんどの人は「自分が性自認を行っている」ことすら気づいていません。

実は、私たちGID当事者も全く同じなのです。

私たちも最初は、ただ受動的に、ごく自然に自分の性を認識し、当然のようにその性別として生活しようとします。

「よし、今日から逆の性別になろう」などと決めたわけではありません。

しかし、そこで決定的な「バグ」が生じます。

自分の自然な感覚(脳の認識)に対して、周囲の人間や社会、そして何より「自分の身体」が、その性別として扱ってくれないのです。

親からは「男の子/女の子らしさ」を無意識レベルで求めら、学校の先生には別の列に並ばされ、名前を呼ばれるときには違和感のある敬称をつけられる。

ここで、当事者は「強烈な違和感」を覚えます。

なぜ自分は周りの同性(自認する性別)と違う扱いを受けるのか。

なぜこんなに苦しいのか。

そうして、自分の感覚と周囲の扱いを比較し、確認するという能動的なプロセスを経て、初めて「自分は性別に関して深刻な問題を抱えているのだ」と自覚するのです。

特に若いうちは、親や学校の保護下にあるため、環境を変えることも医療にアクセスすることもほとんどの場合できません。

何もできないまま、自分の身体は望まない方向へどんどん成長(第二次性徴)していく。

この圧倒的な無力感を、非当事者の方に少しでもわかってもらうために、次の思考実験を考えてみます。

【思考実験】高校入学前夜、あなたの性別が「逆」になったら

今からタイムスリップして高校時代を思い出すのではなく、「今、あなたが高校1年生の入学式前夜にいる」という気持ちで想像してください。

明日からいよいよ高校生活。

新しい友達はできるかな、部活は何をしようかなと期待に胸を膨らませて眠りについたあなた。

しかし翌朝、目が覚めて布団をめくると、あなたの身体が「自身の性別とは逆の性別」に完全に入れ替わっていました。

髪の長さ、骨格、声帯、生殖器。

すべてが、あなたの本来の性別とは逆の形に作り変えられています。

あなたはパニックになり、親に助けを求めます。「身体がおかしい! 病院に連れて行って!」

しかし親は、怪訝な顔をしてこう言います。

「何寝ぼけてるの。あんたは生まれた時から男(女)じゃない。早く制服着なさい。遅刻するわよ」

そう、あなたの家族の記憶も、戸籍上の性別も、社会全体も、あなたを「もともと異性だった」として扱うのです。

あなたの内面、記憶、そして「自分は〇〇(元の性別)だ、何かがおかしい」という自己認識が、元のまま取り残されています。

なぜ「高校1年生の春」という設定なのか。理由は2つあります。

  1. 第二次性徴が終わっており、身体の性別が残酷なほどに完成しつつある時期だから。

  2. 非当事者のあなた自身も、自我と自身の性別を確固たるものとして認識している時期だから。

さて、あなたは今日から、この状態で生きていかなければなりません。「夢だ」と目を閉じても、現実は変わりません。

日常という名の拷問が始まる

「学生の本分は勉強だから、性別なんて気にしなければいい」

そんな風に割り切れるでしょうか? ここから、あなたが想像もしていなかった「日常の地獄」が始まります。

1. 鏡の中の「エイリアン」と、裏切る身体

まず、あなたは「自分自身の身体と24時間一緒にいることの恐怖」に直面します。

親に呼ばれて返事をしようとするたび、喉から出るのは自分の想定とは全く違う「異性の声」。

骨を伝わって頭蓋骨に響く声を聞くたびに、脳が「これは自分ではない」とエラーを吐き出します。

心は元のままなのに、身体は勝手に生物学的な機能を全うしようとします。

月に一度やってくる生理の出血、あるいは朝起きたときの制御不能な生理的勃起。

それは単なる不快感などという生易しいものではなく、「正体不明の寄生生物に身体を乗っ取られ、自分の意志とは無関係に強制的に改造されているホラー体験」そのものです。

洗面台の鏡を見るたび、そこに映るのは「異性」の顔と身体。

この強烈な認知のズレが毎日続くと、人間の脳は耐えきれなくなり、やがて自分の顔を直視できなくなり、自分が生きている現実感が消失していく「解離」や「離人症」を引き起こす人もいるでしょう。

もちろん鬱のような症状に陥る人も多いでしょう。

あなたは常に、分厚いガラス越しに世界を客観的に見ているような感覚、不幸な平凡な物語の主人公になったような感覚に陥るでしょう。

ですが、その不幸な物語はあなたが死ぬまで終わることはありません。

2. スパイのような学校生活と「善意」という名の刃

入学式。

あなたは、自分のアイデンティティとは全く逆の制服を着せられます。

あなたの尊厳を削り取ります。

教室では、社会が求める「その身体の性別」としての振る舞いが強要されます。

体育の着替えは地獄です。

自分の身体を見られることも、同級生の身体を見ることも、猛烈な違和感と嫌悪感を伴います。

少しでも「本来の自分」らしい言葉遣いや仕草をすれば、周囲から「何だこいつ」「キモい」という奇異の目を向けられます。

あなたは集団の中で生き延びるため、無意識のうちに「異性の着ぐるみ」を被って、敵国に潜入したスパイのように振る舞うようになります。

歩き方、笑い方、言葉の選び方を「今のこの身体なら、どう動くのが正解か」と24時間計算し、演じ続ける。

その精神的負荷は計り知れません。

そして何より心を抉るのは、悪気のない「善意の言葉」です。

親戚が「たくましい男に育ったな!」と肩を叩く。

近所のおばさんが「綺麗なお嬢さんになったわね」と微笑む。

これらの言葉は、あなたを絶望の底に突き落とします。

なぜならそれは、「あなたはその憎むべき身体として完璧に機能しているよ」という社会からの烙印であり、同時に「本当のあなたのことは、誰の目にも見えていない」という究極の孤独の証明だからです。

3. 恋愛における究極の絶望「愛されるのは着ぐるみだけ」

高校生になれば、誰かに恋をすることもあるでしょう。奇跡的にお互い惹かれ合い、恋人ができたとします。

しかし、ここであなたは人間としての根源的な絶望を知ります。

相手が愛の言葉を囁き、触れようとしているのは、本当のあなたではありません。あなたがこの世で最も憎み、切り刻んででも脱ぎ捨てたいと思っている「異性の着ぐるみ(身体)」を愛しているのです。

相手が「あなたの〇〇なところ(身体的特徴)が好き」と言うたびに、あなたは吐き気を催すほどの自己嫌悪に陥ります。

愛されれば愛されるほど、本当の自分は否定されていく。「ありのままの自分を愛してもらう」という、人間にとって最も基本的で温かい喜びが、構造的に完全にブロックされているのです。

選択肢のないハードモードな人生

限界を迎えたあなたには、もはや2つの道しか残されていません。

【選択肢1:完全に自分を殺して隠し通す】

違和感を心の奥底に封印し、周囲が望む「偽りの自分」を死ぬまで演じ続ける生き方です。社会的な波風は立ちませんが、心は毎日少しずつ死んでいき、やがて感情の起伏すら失われていくでしょう。

【選択肢2:声を上げ、アクションを起こす(超ハードモードへの突入)】

「私は本当は違う性別なんだ!」とカミングアウトし、医療の力を借りて身体を本来の自分に近づけようとする道です。しかし、これを選んだ瞬間、あなたの人生は凄惨な戦場と化します。

  • 「透明人間になれない」という罰:

    ホルモン治療などを始めても、魔法のように一瞬で望む性別になれるわけではありません。

    必ず「どちらの性別にも見えない中途半端な時期」が存在します。戸籍上のトイレに入るだけで不審者として通報されそうになります。
  • 永遠の喪失への哀悼:

    家族からの勘当、就職活動での絶望的な不利、莫大な費用と、何度もメスを入れる身体的苦痛。それらを乗り越えても、完全に「元の身体」に戻れるわけではありません。

    あなたは気づきます。どれだけ戦い、血を流しても、「生まれた時からその性別であった人」の当たり前の人生(当たり前の青春、何の疑いもない恋愛、自分の遺伝子を残す未来)を歩むことは永遠にできないという決定的な事実に。何もアクションをしなければ生きていけない生活からは逃れられたかもしれませんが、普通の人が想像するような理想的な人生を歩むことは難しいです。

マイナス100から血を流してゼロを目指し、それでも完全にゼロには到達できない。

アクションを起こしても、普通のささやかな幸せすら手に入らないかもしれない。

その残酷な現実を悟り、未来に光を見出せなくなったとき、「もう生きていても仕方がない」と自ら命を絶とうとする人がいること。それが、GIDという「障害」のリアルな輪郭です。

もう一度問います。これは「選べる」ものですか?

「今日から自認アイドルの〇〇です」

「自分を猫だと自認します」

そう笑って言えるのは、あなたが自分の心と身体、そして社会からの扱いが完全に一致しているという「圧倒的な特権」の上に立っているからです。

自分が立っている地面が揺らいだことがないから、地面がない場所でもがいている人の必死の叫びを「わがまま」や「ファッション」だと勘違いできるのです。

GID当事者は、趣味や思想で性別を主張しているわけではありません。

「この着ぐるみを着たままでは、息が詰まって死んでしまう」という、生存を賭けた魂の叫びなのです。

非当事者の皆さんが、何も考えずに自分の身体を受け入れ、社会からその性別として扱われ、そのまま恋愛をし、未来を描けること。

それはとてつもない幸運です。

他に不運なことがあるかもしれませんが、自分の性別に違和感を持たないでせいかつできることは私たちからすればとてつもない幸運です。

もし今後、当事者のニュースや話題を目にしたときは、今日の思考実験を思い出してください。

「もし、あの入学式の朝、身体が入れ替わったのが自分だったら」と。

 

2度目のタイ~性別適合手術を終えて~

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2度目のタイに来た。
世界中、まだ行ったことない国が山ほどあるのに、なんでまたタイなんだろうって、自分でも笑ってしまう。 でも、理由ははっきりしてる。1回目のタイは、ただ手術のためだけに行ったから。

あの頃の私は、本当に「患者」そのものだった。 性別適合手術を受けて、退院後はマンスリーマンションにこもって、毎日病院に通う生活。 傷が痛むと不安で涙も浮かべた。 でも、意外と楽しかった部分もたくさんあった。

暇さえあれば、近くのスーパーにフラフラ歩いて行って、マンゴスチン、パイナップル、ドラゴンフルーツ、ライチ…… 果物コーナーを独占するみたいにカゴいっぱいにして帰った。 果物大好き人間の私にとっては、まさに天国。 カップ麺も一緒に買って、ベッドの上でYouTube流しながら、冷たいマンゴスチンを頬張る。

入院生活のほうがつらいこともあったが、研究からも完全に解放されて、ただ自分の時間というのもあった。 ベッドの上限定の自由だけど、それでも嬉しかった。 看護師さんに励まされた朝も、全部「次の自分になるための過程」だって思って耐えてた。
「初めてのタイ、楽しかったな」心の底から思って日本に帰ってきた。

それから数年が経って、今回の2度目のタイ。
今回は、友達4人で。

朝9時に起きて(大学生の私たちにとって、早起きすぎて自画自賛)、ホテルの朝食ビュッフェでガパオ炒めやトムヤムクン、フルーツ山盛りを平らげて出発。 ナイトマーケットでは、友達と宝探しみたいに服やアクセサリーを物色して、慎重に値切った。 ワット・アルンに行って、寺院をバックに写真撮りまくり。 トゥクトゥクには毎日乗った。4人でぎゅうぎゅうに詰め込まれて、排気ガスの匂いと風を浴びながら、路地を爆走。 1回目の病み上がりの体じゃ絶対無理だったやつ。 信号無視気味に飛ばす運転手さんに「速すぎ!」って叫びながら、みんなで大笑い。 毎日2万歩近く歩いて、足は棒のよう。 ある日は熱中症になりかけたけど、結局夜の23時過ぎにホテルに帰ってきて、シャワー浴びてベッドに倒れ込む。 でも次の朝はまた9時に起きて、昨日と同じように朝食をガツガツ食べて「今日どこ行こうか!」って計画立てる。

本格的に楽しめる2日目あたりから 「ああ、なんて楽しいんだろう……」 とずっと頭の中で思っていた。

でもなんでこんなに違うんだろう

1回目の時とは全然違う。 痛みや不安がない。ただ、純粋に「今」が楽しい。

なんでこんなに違うんだろうって、ずっと考えてた。
友達と一緒だから? もちろん、それもある。 1人じゃ絶対行けない場所も、笑えない瞬間も、みんなで共有できるから倍増する。 でも、それだけじゃない。

全ての生活に、ずっとノイズみたいにまとわりついてた「性別」が、なくなったからだ。 そう思いこの記事を書こうと思った。

今回のメンバーの中には、前の私をうわさで聞いてるひとももしかしたらいたかもしれない。 でも、誰もそれを匂わせない 誰も、腫れものみたいに扱わない。

ただ「今の私」として、普通にからかって、普通に相談して、普通にバカやってくれる。
私自身も、もう自分の過去について何も気にしなくなってる。 鏡を見るたび「これが私」って自然に思える。

性別移行って、ただ体が変わるだけじゃない。 世界の受け入れ方が、変わる。

私を殺そうとしていた世界は、 今や私を仲間に入れようとしてくれる。 私がそれを許すかはまだわからないが。

自分が自分を好きになれるようになると、周りも自然と自分を好きになってくれる。
人生のノイズが、消えて、景色が鮮やかになる。

1回目のタイは、手術という大きな壁を越えるための、痛くて孤独で、でも果物が救いだった旅だった。
全部が「次の自分になるための過程」だった。

でも2回目のタイは、
もう「次の自分」になれた私が、初めて本気で、思いっきり遊びにきた旅だった。

同じ国なのに、全部が違って見える。
同じカオマンガイが10倍美味しく感じる。
同じ排気ガスの匂いさえ、トゥクトゥクのジェットコースターを想起させられ愛おしくて、笑ってしまう。
同じ夜景が、ずっと輝いて見える。

タイは、私にとって「生まれ変わりの国」になった。
1回目は手術で体を変えるために、2回目は本当の自分と、心から出会うために。

まだ行きたい国は本当にたくさんある。ヨーロッパも、南米も、知らないアジアの国も。
でも、絶対またタイに来ると思う。 3度目、4度目……そのたびに、もっと自由に、もっと笑って、もっと自分らしく。
今度はもっと長い滞在にしようかな。果物食べ放題のホテル探して、友達もまた誘って。

この旅で、ようやくわかった気がする。
「もう一度、あの国に行きたい」って心から思う場所があったら、
迷わず行け。
2度目が、一番楽しいって、絶対気づくから。

またすぐ、会おうね。

noteにおまけあります

性別適合手術を終え2度目のタイ|MTF日記@まるまる

【MTF】「手術後の鬱」は性別適合手術のせいではなく、人生がそもそもハードモードだからという話【トランスジェンダー】

 

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こんにちは。まるまるです。

最近Xで、こんな投稿を見かけました。

「睾丸摘出する方のブログやX、YouTubeを一通り見たんだけど、ほとんどの方が取った後鬱病になっていたり更新が途絶えてる。それが『答え』なんだと思う」

これ、たぶん結構多くの人が「たしかに……」って思うやつです。
外から見たら、そう見えるのもわかる。
更新が止まってる。消えてる。元気そうじゃない。
じゃあ「やっぱり手術なんてしない方がいいんだ」「後悔する人が多いんだ」って結論にしたくなる気持ちもわかる。

でも、当事者としてははっきり言いたいです。

それ、見えてる範囲だけで“答え”を決めすぎ
しかもたぶん、一番大事なところを見落としてる。

今日はその話をします。

 

トランス当事者のブログやXやYouTubeが止まる理由って、別に鬱とか後悔だけじゃないんですよ。

むしろかなりの割合で、理由はもっとシンプルです。

もう“トランスであること”を毎日発信しなくてよくなったから。

ホルモン治療を始めたばかりの頃。
手術前後。
戸籍変更の時期。
このへんって、人生の中でも特に変化が大きい。
だから発信も増える。記録にもなるし、同じ立場の人の参考にもなるから。

でも、その山場を越えて生活が落ち着いたらどうなるか。

普通に仕事して、普通に暮らして、普通に日常を回すようになる。
毎日わざわざ「私MTFです」ってネットで言い続ける必要、なくなるんですよね。

むしろ埋没して生活したい人からしたら、ずっとその話を続けること自体がリスクですらある。

私は色々更新してますけど、更新してることで「『MTF』ですって呪縛も自らかけているなー」といつも思います笑
更新が止まるのは、ある意味当然なんです。

なのに外からは、
「消えた=病んだ」
「更新しない=後悔した」
って短絡的に処理される。

いや、雑すぎるでしょと思う。

SNSから消えた人が、その後も普通に働いて、恋愛して、日常を生きてる可能性なんて普通にあります。
外から観測できなくなっただけで、その人の人生まで勝手に“失敗”認定しないでほしい。

実際、手術後にしんどくなる人はいると思う

ただし、ここで綺麗事だけ言う気はありません。

手術後にメンタルを崩す人は、たぶん普通にいる。
これは事実だと思います。

でも、それを
「ほら、やっぱり性転換なんてするからだ」
みたいな話に持っていくのは浅い。

本質はたぶんそこじゃない。

私が思うに、しんどくなる理由の一つは、
手術に“人生逆転”を期待しすぎること
です。

当事者って、本当に長い時間苦しんでるんですよ。
身体の違和感。
思春期の絶望。
男性ホルモンで勝手に進んでいく変化。
鏡を見るたびのしんどさ。
恋愛や人間関係の違和感。
社会の中での居づらさ。

そういうのを何年も抱えた末に、
「これが終われば少しは救われる」
「手術まで行ければやっと生きられる」
って思う。

思わないと頑張れないくらい、そこまでの道のりが重いから。

でも現実は残酷で、手術は確かに大きいけど、人生全部を救ってくれるわけじゃない。

ここに強烈な落差があるんです。

手術は“魔法”じゃない。マイナス100をゼロに戻す作業に近い

たぶんここ、当事者じゃない人にはかなり伝わりにくいです。

性別適合手術とか睾丸摘出とかって、外から見るとすごく大きなイベントに見えると思います。
「そこまでしたら、もう人生変わるでしょ」って。

でも感覚としては逆なんです。

手術はプラス100にしてくれるものじゃない。
マイナス100を、ようやくゼロ近くまで戻すためのもの。

これがかなり近い。

元からゼロ地点に立ってる人にはわかりにくいんですけど、こちらは最初からだいぶ不利な状態で人生が始まってる。
だから手術は“贅沢なアップグレード”じゃない。
“やっと普通に息ができる状態にするための修正”なんです。

性別違和が少し軽くなる。
男性ホルモンに怯えなくて済む。
身体に対するストレスが減る。
そこにはちゃんと意味がある。むしろかなり大きい。

でも、それで急に人生うまくいくわけじゃない。
急に恋愛がうまくいくわけでもない。
急に仕事が楽になるわけでもない。
急に過去の傷が消えるわけでもない。

ここを勘違いすると、術後にかなり精神的に落ちます。

「え、まだしんどいの?」
「ここまでやったのに、まだ生きづらいの?」
って。

でもそりゃそうなんです。
だって手術が消してくれるのは、人生の中の一部分だけだから。

手術後も、容赦なく“現実”は残る

これも大事です。

手術が終わった後、何が残るか。

ホルモン治療。
身体のメンテナンス。
ダイレーション。
通院。
お金。
体調の波。
周囲との関係。
声。
骨格。
肩幅。
身長。
喉仏。
顔立ち。
恋愛。
結婚。
就職。
カミングアウト問題。
バレるかもしれない不安。
“言うか言わないか”を考えるしんどさ。

こういうの、手術したら全部消えると思いますか。
消えません。

むしろ、手術が終わって「さあここから普通に生きるぞ」と思った時に、逆に重くのしかかってくることすらあります。

要するに、手術ってゴールじゃなくて、
“ようやくスタートラインに立つための通過点”
に近いんです。

でも世間はそれをゴールだと思ってる。
だからズレる。

「え、あんなに望んでた手術したのに、なんでまだ苦しいの?」
って。

いや、そもそもトランスの人生って、そんなに簡単じゃないんですよ。

私たちは“幸せになるため”というより、“死なないため”にそこまでやる

ここ、かなり本音です。

たまに外野から、
「そこまでして女になりたいの?」
「そこまでしても幸せになれないなら意味なくない?」
みたいに言われることがあります。

でも正直、その問い自体がズレてる。

こっちは別に、華やかな夢を叶えたくてやってるわけじゃない。
多くの場合、そうしないと本当に生きていけないからやってるんです。

性同一性障害って、外から見るより重いものだと思います
毎日じわじわ削られる。
見た目、身体、声、社会的立場、その全部が噛み合わない感じって、想像以上にしんどい。

だから治療する。
だから手術する。
だから戸籍を変える。

それは“人生を盛るため”じゃなくて、人生を最低限成立させるためです。

ここを理解せずに
「でも術後に病む人いるよね?」
って言われても、そりゃいるだろとしか言えない。

だって元々の難易度が高すぎるから。

結局、私たちの人生は“イージーモード”にはならない

かなり身も蓋もないことを言います。

手術しても、戸籍を変えても、人生はイージーモードにはなりません。

これが現実です。

最初から超ハードモードで始まったゲームが、
治療や手術で少しマシになることはある。
バグだらけで操作不能だったゲームが、なんとかプレイ可能になることはある。

でも、だからといって突然“普通の女の子として何も説明せずに生きられる人生”になるわけじゃない。

敵は相変わらず強い。
トラップも多い。
回復アイテムも少ない。
しかも周りには「え、何が大変なの?」って顔で見てくる人までいる。

だから私は思うんです。

ハードゲームは、どう頑張ってもハードゲームのまま。

これは悲観じゃなくて、認識の話です。

そしてこの認識がないと、手術後に心が折れやすい。
「ゴールしたはずなのに、なんでまだしんどいの」ってなるから。

でも本当は違う。
ゴールじゃない。
やっと“生きられる状態”に近づいただけ。
そこから先も、普通に戦いは続く。

ときには自分より重い障害の人を思い浮かべて「頑張ろう」と思うときもあります

 

「ほら、手術しても幸せになってないじゃん」
って言いたがる人。

こっちは別に、手術した瞬間にプリンセスになれると思ってやってるわけじゃない。
白馬の王子様が来るとも思ってない。
人生が全部整うとも思ってない。

ただ、少しでもマシに生きるために必死で選んでるんです。

マイナス100のまま生きるのが無理だから、ゼロまで持っていこうとしてる。
そのためにお金も時間も痛みも引き受けてる。

それを外から見て
「でもゼロって別に幸せじゃないよね?」
と言われても、
いや、マイナス100より遥かにマシなんだわ、という話なんですよ。

この感覚の違いはかなり大きい。

一番きついのは、「普通の女性として生まれたかった」という気持ちが消えないこと

ここはたぶん、多くのMTFが心のどこかに持ってるものだと思います。

もちろん、今の自分を否定したいわけじゃない。
今までの努力を無意味だと言いたいわけでもない。
でもそれでも、ふとした夜に思うんですよ。

最初から普通の女の子として生まれていたら、どんな人生だったんだろう。

どんな恋愛をしてたんだろう。
どんな学生時代だったんだろう。
どんな服を当たり前に着て、どんなふうに年齢を重ねてたんだろう。

この“どうやっても回収できないif”が、時々すごく重い。

しかもこれは、努力で埋まるものじゃない。
手術しても、戸籍を変えても、完全には埋まらない。

だからこそ、術後に一瞬気が抜けた時に、その空白がどっと来る人もいるんだと思います。

「自分は前よりマシになった」
それは本当。
でも同時に、
「それでも最初から欲しかった人生とは違う」
これもまた本当。

この二つは両立します。
両立するからしんどい。

だから「術後に鬱になる人がいる=それが答え」は違う

結局、私が言いたいのはここです。

術後にしんどくなる人がいる。
そういう人もいると思う
でもそれは、
“だから手術が間違い”
という意味ではない。

むしろ逆で、
そこまでしてもなお簡単にはならないほど、元々の人生の難易度が高い
という話なんです。

更新が止まったから不幸。
病んだから失敗。
発信してないから後悔。
そんな単純なものじゃない。

トランスの人生って、もっと複雑で、もっと泥臭くて、もっと切実です。

手術してよかった。
でもしんどい。
戸籍変更して救われた。
でも普通に辛い。
後悔はしてない。
でも、最初から普通の女性として生まれたかった気持ちは消えない。

こういう矛盾込みでリアルなんです。

SNSは白黒つけたがるけど、現実はそんなにわかりやすくない。

私たちは今日も、このハードモードをやるしかない

結局、今の人生をやるしかないんですよね。

生まれ直しはできない。
過去も消せない。
取り返せない時間もある。
“普通に人間として過ごしたかった人生”は戻ってこない。

それでも、今ある手札でやるしかない。

だから私は、手術や戸籍変更を「幸せ確定ボタン」だとは思っていません。
でも同時に、「あれがなければ今ここまで生きられなかった」とも思っています。

要するに、これは人生をキラキラさせるための魔法じゃない。生き延びるための装備なんです。

そして装備を整えても、ゲームの難易度は高いまま。
それでも前よりは戦える。
前よりは呼吸できる。
前よりは自分でいられる。

その意味は、めちゃくちゃ大きい。

だから外野に「それが答え」なんて簡単に言われたくない。
そんな薄っぺらい一言で片づけられるほど、こっちは軽い人生やってないので。

……とはいえ、正直に言うなら、思いますよ。

来世はもう少しイージーモードで頼む!!!!

切実に。
本当に。
せめて初期設定くらい優しめでお願いします。

でも今世は今世で、なんとかやるしかない。
泣きながらでも、休みながらでも、たまに笑いながらでも、このハードモードを攻略していくしかない。

同じように思ったことがある人、ぜひコメントやXで聞かせてください。
みなさんはこの人生、どうやって攻略していきますか?

【体験談】MTFとして大学院を修了した6年間を振り返る【性別適合手術】

 

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数日前、修士論文発表会を終えた。発表が終わる瞬間は驚くほどあっけなく、会場を出た直後も、達成感より先に「終わった」という事実だけが残った。

私はmtfで、この六年間は学業や研究を積み上げる時間であると同時に、社会の中でどう生きるかを試行錯誤し続けた時間でもあった。研究には研究のしんどさがあり、就活には就活の緊張があった。だが私の場合、それらとは別に、性別に関する問題が常に底流として存在していた。毎日それを意識していたわけではない。しかし、生活を支配し、判断を変え、時には生きる気力そのものを削っていった。だからこそ、卒業という節目に、単に「大学生活は楽しかった」で終わらせるのは違う気がしている。

これから社会人になって新しい生活が始まる前に、忘れないうちに整理しておきたい。

ここから先は、大学合格から始まった六年間の話になる。華やかな成功談ではないし、痛みの話も多い。ただ、あの時間は確かに私の人生の土台になった。

大学合格

大学に合格したことは、私の人生の分岐点だった。学歴という意味ではなく、「生活環境が変わった」という意味で決定的だった。

合格と同時に一人暮らしが始まった。もし実家に残っていたら、今の私はいない。私はmtfである。しかし当時、父と兄弟にはカミングアウトしていなかった。実家では、暗黙の「息子」という枠の中で振る舞うことが求められていた。服装や髪型は自由だったとは思うが、カミングアウトをしていないため多少の制限はあっただろう。

高校では男子生徒への頭髪規制が厳しく、髪を伸ばすことは許されなかった。私は大学では髪を伸ばすと決めていた。それは外見の問題というより、「自分の身体の主導権を取り戻す」行為だった。

卒業式は象徴的な出来事だった。出席するためには頭髪検査を通過しなければならず、髪を切る必要があった。だが、私は切らなかった。式に出ないという選択をした。高校生活の締めくくりよりも、これからの人生の方が重要だったからだ。周囲から見れば些細な反抗かもしれない。しかし私にとっては、初めて自分を優先した決断だった。

大学入学とコロナ禍

大学生活への期待は大きかった。新しい環境、新しい人間関係。どのサークルに入ろうかと考える時間は、希望に満ちていた。同時に不安もあった。私は運動系サークルに入りたかった。しかし運動系はどうしても男女で区別される。大会登録、ロッカー、更衣室、チーム分け。構造的に「男女差」が前提にある空間だった。

私はどちらに属するのか。属したくないのか。属せないのか。答えは出なかった。結局、文化系にしようかと考えた。

しかし、その悩みは一瞬で無意味になった。コロナ禍が始まったからだ。

サークル活動は禁止、新歓も中止。授業は全面オンライン。大学構内にほとんど足を踏み入れないまま、1年目が過ぎた。

友達はできるはずもなかった。Zoom越しの顔と名前が一致することも少なかった。私はワンルームの部屋で、毎日画面を見続けていた。

退屈は危険である。思考の余白が増えすぎる。

私は自分の性別について、考え続けるようになった。逃げ場がなかった。希死念慮は強く、毎日自殺を考えていた。泣いていた。理由は単純で、「このまま生きるのか」という問いに答えが出なかったからだ。

それでも死ななかったのは、せっかく大学に受かったからだ。ここまで努力してきた自分を、無駄にしたくなかった。

人とのつながりを求めて

私は人と話したかった。とにかく声を出したかった。

アルバイトに応募した。10件ほど落ちた。コロナ禍で求人が減っていたこともあるだろう。だが、面接での微妙な空気は忘れない。どこか説明しづらい違和感があった。

孤独を埋めるためにSNSを始めた。最初は浅い関係しか築けなかった。それでも、画面の向こうに誰かがいるという事実は救いだった。

やがて私は、男の娘風俗に応募した。怖さはあった。しかし、そこには「私」として扱われる可能性があった。実際に働いた期間は1か月ほどだった。だが、その時間は私の精神を確実に回復させた。

お客さんは私を「私」と呼んだ。名前で呼んだ。女性として接した。たくさんのお金ももらえたが、それ以上に、存在を肯定された感覚があった。社会の中に居場所があると感じられた。

1か月で辞めたのは、長く続ける仕事ではないと分かったからだ。

徐々に広がる人間関係

大学でも少しずつ友人ができた。私はおそらく「不思議な人」と思われていた。しかし誰も踏み込んではこなかった。それが救いだった。

SNSで出会った人と交際したこともある。告白して振られたこともある。普通の青春の断片が、ようやく手に入った。

一方で、アルバイト先では依然として男扱い、あるいは「どっちともつかない人」扱いだった。大学では性別の話題は出ない。バイトでは強調される。そのギャップがつらく、バイトを辞めた。

それでも、理解してくれる人がいると知ったことで、生きることが少し楽になった。

性別適合手術という決断

私は以前から性別適合手術を考えていた。しかしコロナ禍で海外渡航が困難だった。延期せざるを得なかった。

修士進学を決めたとき、計画を立てた。4年生の夏休みにタイで手術を受ける。

そこからは研究室選びが最重要課題だった。長期で休める環境でなければならない。幸運にも理解ある研究室に進むことができた。

通称名を大学内で使用することも決めた。学部で初の事例だったため手続きは煩雑だったが、制度はあったので使用できた。学生支援課の方ありがとうございます。

6月頃には研究室の人には、タイで手術を受けると伝えた。

周囲の態度は変わった。より優しくなった。送別会も開いてくれた。指導教員はタイまで見舞いに来てくれた。その事実は今でも信じがたい。

タイでの術後生活は過酷だった。痛み、出血、不安、ダイレーション。もう経験したくない。それでも、手術を受けたことに後悔はない。方法についての後悔はあるが、選択自体は間違っていなかった。

修士課程と社会的移行

修士に進学してからは、社会的に女性として生活を始めた。就職活動ももちろん女性として行った。理系女子は少ない。目立つのではないかという不安はあった。しかし無事に内定を得た。

研究でも成果を出すことができた。筆頭著者ではないが論文を数本発表できた。研究室での時間は、私にとって「性別とは関係なく評価される空間」だった。

そして先日、修士論文発表会を終えた。

6年間の意味

あっという間だった。

もっと早く手術を受けていれば、と考えることもある。しかしコロナ禍という状況は避けられなかった。

術後の生活は明らかに違った。鏡を見ることが苦痛ではなくなった。声を出すことへの抵抗が減った。日常が静かになった。

大学合格は、単なる進学ではなかった。
私が私として生き始めるための条件だった。

これから新卒として働く。不安は大きい。しかし、それ以上に新しい生活への期待がある。

この6年間は、遠回りのようでいて、必要な時間だった。
苦しみも多かったが、それでも確実に前に進んでいた。

私はようやく、自分の人生のスタートラインに立ったのだと思う。

 

【女子枠】があるなら【トランス女性】の「風呂」も助成金出してほしい【GID】


こんにちは、まるまるです!
いきなりですが、人類には逃れられない「3大欲求」ってありますよね?
食欲、睡眠欲、あと一つは……そう、「デカイ風呂に入って手足を伸ばしたい欲」です(異論は認めます)

今日は、「オペ済みGID(性別適合手術済みトランスジェンダー)」が直面する、「お風呂、どこ入ればいいの問題」について、ちょっと物申したいと思います

■ ステージ1:女湯という名の「精神的バトルフィールド」

まず前提として
私は手術は終わっていて、戸籍も変えています。
つまり、法律上も身体的にも、「女湯」に入らないといけないわけです。

ですが

そうはいっても、なかなか女湯に入る勇気は、現在の当事者に向けられる感情も相まって、でないわけです

脱衣所での「あの人、ちょっと骨格が……?」という視線レーザー。
もし万が一、「ちょっと!」って声をかけられた時のトラブルのリスク。
考えただけで、サウナで整う前に冷や汗でビッショビショです。

■ ステージ2:「個室風呂に行け」という無理ゲー

ネットでこういう話をすると、必ず湧いてくるのがこの意見。

「だったら家族風呂とか、個室の貸切風呂を使えばいいじゃん」



あ~~~はいはい! それな!! 正論! ぐうの音も出ない正論!

特にシス女性の精神衛生のために、棲み分け大事。
私もそう思う。 だから検索するわけです。「地域名 貸切風呂」で。

するとどうでしょう……

「60分 3,500円(入館料別)」

「土日はカップルで満室です」

「そもそも県内に2軒しかない」

……貴族の遊びか!!!!( ゚д゚)クワッ

あのね、スーパー銭湯なら800円で時間無制限に入れるのよ?
なんで私が体を洗うためだけに、高級ランチ2回分の課金を強いられなきゃならんの!?
こちとらホルモン治療代やらなんやらで、慢性的に金欠なんだよ!!

「個室に行け」というのは簡単だけど、それは「パンがなければケーキを食べればいいじゃない」と同じレベルの無茶振りなんですよ、マリー・アントワネット様!!

■ ステージ3:天才的ひらめき「助成金」という名の魔法

そこで私、お風呂上がりのコーヒー牛乳を飲みながら閃きました。

世の中には「レディースデー」とか「女子枠」とか、特定の属性の人を優遇するシステムがありますよね?

あれに対しては「逆差別だ!」って怒る人もいれば、「構造的な格差を是正するための『公平』だ!」って擁護する人もいますよね。

私はその是非についてここでレスバする気はないんだけど…… もし世の中が、「マイノリティや参入障壁がある層には、特別な『下駄』を履かせてあげるのが正義」って認めるなら……。

私のお風呂代にも「下駄」を履かせてください!!!

ロジックは同じではないでしょうか?

理系女子枠: 「女子が少ない・入りにくい環境だから、入りやすくするための優遇措置(枠)を作る」

トランス個室助成: 「トランス女性が公衆浴場に入りにくい環境だから、入りやすくするための優遇措置(金)を作る」

完全に一致していますよね???

「女子枠」には莫大な補助金や予算が動くのに、私の「個室風呂代」は自己責任って、それこそ不公平ですよね

私は女湯で摩擦を起こさないために「個室」を選びたいので金銭的配慮を求めています。

だからさ、「女子枠」を推進する偉い人たちにお願いしたい。

「女子枠」を作る予算の0.01%でいいから、トランス女性の「個室風呂枠」に回して!!!!

公平な社会って、スローガン叫ぶことじゃなくて、こういう「現実的な選択肢への課金」のことだと思っています

仕組みはこう!

行政:「トラブル防止と多様性のために、棲み分け推奨!」

当事者:「個室使いたいけど高い……」

解決策:「差額の2,000円分はチケット出しとくから、これで個室入って平和に暮らせよ!」

これぞ、圧倒的 Win-Win!!

私: 安く個室に入れてハッピー(&人目を気にせず泳げる)。

他の女性客: 知らない元男性が入ってこなくてハッピー。

お風呂屋さん: 個室の稼働率が上がってハッピー。

■ まとめ:公平な「選択肢」をくれ!

私が言いたいのは、「女湯に無理やり入れろ!」ってことじゃないの。 むしろ逆。
「気兼ねなく、誰にも迷惑かけずに、広いお風呂に入りたい」だけなのです。

でも、そのための「選択肢(個室)」が、現状だと「罰金」みたいに高すぎるのが辛いので女子枠と同じように助成金をください。

もしこのブログを読んでいる偉い人がいたら、ぜひ検討してください。「GoTo 個室風呂キャンペーン」待ってます。

それまでは……自宅の狭いユニットバスで、入浴剤入れて我慢します。
現場からは以上です!




続きはnoteで

【タイSRS滞在記】手術の裏側の「シュールすぎる小ネタ」8連発【性別適合手術】

 


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みなさんこんにちは。

まるまるです!

 

性別適合手術(SRS)といえば、GID当事者にとって人生をかけた一大イベント

「感動」「痛み」「生まれ変わり?」…そんなドラマチックな単語が並びがちですよね。

でもね、実際に行ってみて思ったんです。

 

「現場、意外とツッコミどころ多くない?」と。

 

ネットの真面目な体験談には載っていないけれど、現地では確実に起きている「リアルでシュールな日常」。

今日は、私がタイの病室で体験した、小ネタをお届けします。

 

 

1. 命がけの身体測定~身長は見栄、体重はガチ~

手術前日、入院してすぐに行われるのが身体検査。

ここで繰り広げられるのが、ナースと患者の「高度な心理戦」です。

まず身長。「何センチ?」と聞かれます。

ここはね、過少申告したいのがGIDの乙女心。

「1センチくらいサバ読んでもバレないでしょ」と申告しても自己申告でスルーされます。

ナースも「はいはい、OK」と軽いノリ。

しかし、体重測定だけは違います

「体重は?」と聞く前に、無言で体重計を指さすナース。

「えっ、自己申告じゃダメ?」という目線を送っても無駄です。

なぜなら、ここには命がかかっているから。

そう、麻酔の量です。

「痩せて見られたい」なんて見栄を張って少なめに申告しようものなら、麻酔が足りずに途中で起きるか、逆に効きすぎて永眠するか…。

身長を盛っても誰も傷つきませんが、体重を偽ると麻酔科医がパニックになります。

というわけで、正直に体重計に乗りました。

みなさんも、見栄は捨てて命を拾ってください。

2. 美の秘薬?伝説の聖水「ガモン水」の謎

タイの某有名クリニック、kamol Hospital。

ここには、入院患者たちの間でまことしやかに囁かれる都市伝説があります。

「ここの水を飲めば飲むほど、オンナとして仕上がるらしい…」

通称、ガモン水。

配給されるペットボトルのラベルには、シンプルに「kamol」と書かれています。

成分表? 読めません。

でも問題ありません、ただの水です。どう見ても普通のミネラルウォーターです。

 

でも、どうしてこんな噂があるのかというと、術後からの回復にはどうやら大量の水を必要とするらしいからです。

「回復が早まる」という噂を信じ、みんな必死でガモン水を摂取しています。

私も飲みました。「これはただの水ではない、美のエキスだ…」と自己暗示をかけて。

 

結果、トイレの回数が増えただけのような気もしますが。。。

あ、尿ドレーンついてたのでトイレいってなかった(笑)

みなさんも渡航の際は、ぜひこの「聖水」をガブ飲みしてきてください。

3. 「あいつ」がいなくなって、私は3キロ軽くなった

術後、体重計に乗って驚きました。

なんと、マイナス3キロ!

「やったー!」と喜んだのも束の間、冷静に分析してみました。

まず、術後当日は絶食で、術後もしばらくは流動食。

そりゃ痩せます。

そして何より…「あいつ」がいなくなったから。

物理的に切除されたわけですから、その分の質量が減るのは当然の物理法則です。

ただし、手術の代償として筋肉もゴッソリ落ちました。

ずっと寝たきり生活を送った結果、術後3日目に初めてベッドから降りようとした瞬間、生まれたての子鹿のように足が震え、ひどい立ちくらみで一歩も動けず。

「3キロ痩せた」の正体は、「患部+筋肉」でした。

美容ダイエットとしてはよくないですね

4. 英語ガチ勢の挫折と「日本語」の勝利

「海外入院だもん、語学力アップのチャンス!」

そう意気込んでいた私は、機内で英会話フレーズを復習していました。

しかし、いざ入院してみると…

ナース「イタイ? クスリ、飲む?」

私:「Y、Yes…(あれ?)」

まさかの日本語、ペラペラ。

かつて患者の半数が日本人だった時代があるそうで、病院スタッフが使う「業務連絡」レベルなら日本語で余裕です。

私が必死にひねり出した英語より、カタコトの日本語の方が通じるという残酷な現実。私の英語力が低いのか、彼女らの適応力が高いのか…。

少しショックを受けつつ、甘えることにしました。

結局、私が滞在中に最も使った英語は、

「Can I have some water?(お水ください)」のみ。

ガモン水を注文するための中学生レベルの英語です。

 

ちなみに、イレギュラーな会話はGoogle翻訳頼みですが、これもコツが要ります。

日本語特有の「主語省略」をすると、とんでもない誤訳を生みます。

×「痛いので欲しいです」

〇「私は、患部が痛いので、痛み止めが欲しいです」

なので一度自分でも読める英語に変換して、それをタイ語にしていました。

ナースの方は英語はあまり読めないので、タイ語に変換する必要があります。

5. 就寝時のテロリズム~ごま油の香りを添えて~

術後のケアに欠かせない塗り薬。

これがまた、強烈な個性を放っています。

ナースさんが塗ってくれるのですが、その匂いが「ごま油」と「鶏ガラスープ」を混ぜた、極上のナムルの香りです。

いや、本当に。韓国料理屋の厨房の匂いがするんです。

臭くはない。むしろ食欲をそそる、いい匂い。

 

でもね、私は「布団を頭までかぶって寝たい派」なんです。

想像してください。

布団の中に充満する、濃厚なナムル臭。

しかも術後の回復のために、何度も寝る必要があります。

もう自分が人間なのか、味付けされたモヤシなのか分からなくなってくる。

「お腹すいたな…」と思いながら、自分の股間から漂う美味しそうな香りに包まれて眠るシュールさ。

これは実際に手術を受けた人にしか分からない、苦悩です。

6. 命を救う「三種の神器」~扇風機・マジックハンド・延長コード~

これから渡航する人、パスポートの次にこれらをカバンに入れてください。

  • ① 手持ち扇風機(ハンディファン)

    これは「快適」とかのレベルじゃありません。生存戦略です。

    術後のお尻周りは、出血・浸出液・分厚いナプキン・圧迫固定・保冷剤で、ジャングルのような蒸れ具合になります。

    ここに扇風機の風を送り込む快感といったら…!お尻の平和を守るために、絶対持っていってください。

  • ② マジックハンド(遠くのものを掴む棒)

    術後5日間は、ベッド上での絶対安静(タイ・不動の姿勢)。

    ナースコールを押せば何でもやってくれますが、小心者の私は「カーテン開けて」「電気消して」の一言で呼ぶのが申し訳ない…。

    そんな時、マジックハンドがあれば!自力でスイッチオン!落ちたスマホも拾える!

    「自立心」と「ナースへの罪悪感」を救う魔法の杖です。

  • ③ 延長コード(※ただし電圧注意)

    備え付けのコンセントは、なぜか枕元から遠い。

    寝たきりスマホライフに延長コードは必須です。

    ただし、日本の延長コードは海外の電圧に対応していません。

    私は時間がなくて日本のものをそのまま使いましたが、「いつ火花が散るか」というスリルと隣り合わせでした。充電は起きてる間だけ。

    寝ている間に発火したら逃げられませんからね。みなさんは海外対応のものを買いましょう。本当に。
  • ④塗るタイプのシップ

    術後は3日間寝たきりで、寝返りもほとんど打てないので、腰が死にます。

    そうすると、暇なので寝たくても腰が痛くて寝れません。

    そんなときに、塗るタイプのシップ。

    海外にはあまりシップは打ってないらしく、私は現地で調達することもできず、死んでいました。。。

7. タイの道路は信号機が少ない

病院の窓から外を眺めていて気づきました。

「あれ…この国、信号機がほとんどない?」

たまーに交通整理のおじさんが立っていますが、基本的には車とバイクの川。

歩行者はその隙間を、ニュータイプのような勘で渡っていきます。

あの交通量でなぜ事故が起きないのか。

タイの神秘です。

術後のヨチヨチ歩きで道路を渡るのは自殺行為なので、遠出はNGですね。

8. 服装ファイナルアンサー「絶対ワンピース」

最後に、これから服をパッキングするあなたへ。

パンツ(ズボン)は捨ててきなさい。

悪いことは言わない、ワンピースです。

術後の最大のミッション、それは「ダイレーション(拡張)」

1日に2回も、患部に器具を入れる作業があります。

この時、パンツスタイルだといちいち脱がなきゃいけないのでアテンドさんにはスカートかワンピースを推奨されます。

でもスカートでもウエストまでまくり上げるのが地味に面倒くさい。

腰を浮かすのが痛いんです。

その点、ワンピース様はすごい。

ペラっ。

以上。

これだけで準備完了です。

術後の生活はいかに「動作を減らすか」が勝負。

見た目のお洒落さより、機能性。ダイレーションのしやすさが正義です。

トランクの中身は全部ワンピースで埋めてください。

おわりに

いかがでしたでしょうか。

手術という人生の節目ですが、振り返ってみれば「ナムルの匂い」や「体重測定の攻防戦」など、笑える思い出もたくさんありました。

これから渡航されるみなさん。

どうぞ、小ネタもとい教訓を生かして、行ってらっしゃいませ!

現地でガモン水を飲みながら、この記事を思い出して笑ってくれたら本望です。

 

また今度!

 

次のページでお会いしましょう!

 

まるまるでした!