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〜現実は更新されたのに、脳だけ昔の設定を読み込んでくる〜
夢って、もう少し都合よくできていてもいいと思う。
空を飛ぶとか、宝くじが当たるとか、推しといい感じになるとか。せっかく寝ている間くらい、現実では起きないような楽しいことを見せてくれてもいいはずだ。
でも実際の夢は、そんなに気が利かない。
むしろ、こっちが忘れたいことや、もう終わったはずのことを、妙にリアルな温度で持ち出してくる。
特にMTFとして性別移行をしていると、夢はときどき本当に意地が悪い。
現実ではもう身体も生活も変わっている。戸籍も変わって、社会の中でも女性として暮らしている。なのに夢の中では、なぜか昔の名前で呼ばれたり、昔の身体の感覚に戻っていたり、当たり前のように「男子側」に置かれていたりする。
いや、その設定、もう消したんですけど。
そう言いたくなるような夢を、私は何度も見てきた。
現実の私はアップデートされているのに、脳だけが古いバックアップを勝手に復元している感じ。しかもそのバックアップ、だいたい一番嫌な時期のやつだったりする。
移行初期:夢の中では、まだ男子扱い
ホルモン治療を始めて、少しずつ身体が変わっていった頃。
でも夢の中では、まったくそんなことは反映されなかった。
よく見たのは、中学や高校に戻っている夢だった。
しかも、私は普通に男子生徒として扱われている。
あの夢は本当に嫌だった。
大学に入ると、今度は高校の夢をよく見るようになった。
今度の夢の中の私は、胸があることを隠している。
壁に背中をつけて、できるだけ人に身体を見られないように着替える。
起きている時なら、「いや、もうそんな時代は終わった」と思える。
でも夢の中では、そういう冷静さがない。
その場の理不尽が、そのまま現実として襲ってくる。
だから、起きたあともしばらく嫌な感じが残る。
ただの夢なのに、身体にまだ緊張が残っている。
身体が変わっていく不安と、昔の性別役割にまた押し戻される怖さが混ざっていた。 夢の形をした、かなりしつこい記憶の再放送だった。
術後しばらく
その後、手術を終えて、戸籍も変わって、生活もはっきり女性として固まっていった。
この頃になると、夢の中でも少し変化が出てきた。
私はようやく、女子として登場するようになった。
女子の制服を着ていたり、女友達と話していたり、女子トイレに入っていたりする。以前みたいに、強制的に男子側へ戻されることは減った。
ここだけ見ると、かなり大きな進歩だと思う。
ただ、完全に安心できる夢になったかというと、そうではなかった。
夢の中の私は、女子としてそこにいる。
でもずっと、どこかで怯えている。
「バレたらどうしよう」
「今の声、低くなかったかな」
「この場にいていいのかな」
「誰かに違和感を持たれていないかな」
現実では普通に生活しているのに、夢の中ではまだ、自分だけが何かを隠しているような感覚があった。
周りの女子たちは普通に接してくれている。
でも私は、心の中でずっと警戒している。
誰かが何かに気づくんじゃないか。
急に空気が変わるんじゃないか。
今まで成立していたものが、全部ひっくり返るんじゃないか。
それが怖かった。
しかも、その不安を作っているのは他人ではない。
自分の脳だった。
現実の周囲よりも、自分の潜在意識のほうが、ずっとしつこく私を疑っていた。
「本当に大丈夫なの?」
「本当にそこにいていいの?」
「まだ油断しないほうがいいんじゃない?」
そんな声が、夢の中でずっと鳴っている感じだった。
社会に受け入れられることと、自分の脳が安心することは、どうやら別問題らしい。
頭ではわかっていても、身体の奥に残った警戒心みたいなものは、そんなに簡単に消えてくれない。
現在:夢がやっと追いついてきた
そして今。
社会人として働き始めて、会社でも普通に女性として生活している。
昔の名前で呼ばれることもないし、男子側に戻される夢もかなり減った。
夢の中の私は、ようやく普通に女性として存在するようになった。
夢の中でまで、自分が女性であることを説明しなくていい。
隠れなくていい。
怯えなくていい。
ただ遅刻しそうになったり、仕事でミスしたり、なぜか提出物を忘れていたりする。
つまり、悪夢の内容がだいぶ普通になった。
もちろん嫌な夢ではある。
でも、昔の夢とは種類が違う。
前は「自分の性別そのものを脅かされる夢」だった。
今は「社会人として普通に焦る夢」になった。
これはこれで人間として嫌だけど、かなり平和な進化ではある。
ただ、最近はたまに変な夢も見る。
たとえば、女子スポーツの大会に出ている夢。
私は昔スポーツをしていたこともあって、夢の中でなぜか女子の試合に出場していることがある。
そして、普通に活躍してしまう。
その瞬間、夢の中の私は急に冷静になる。
「あれ、これ大丈夫なのか?」
「私が女子として活躍してるの、社会的にかなりまずくない?」
「これ、絶対ネットで燃えるやつでは?」
現実の私は、女子スポーツへの参加について、自分なりに考えがある。少なくとも、自分が競技の女子枠に出たいとは思っていない。
それなのに夢の中では、なぜか一番ややこしい状況に放り込まれる。
夢は、少し遅れて現実に追いつく
こうして振り返ると、夢というのは、今の自分をそのまま映すものではないのかもしれない。
むしろ、少し前の自分が、遅れてやってくる感じに近い。
現実の私は変わった。
身体も変わった。
名前も変わった。
生活も変わった。
でも脳は、すぐには納得しない。
長い間染みついていた恐怖や恥ずかしさ、警戒心は、現実が変わったあともしばらく残る。消したはずのデータが、どこかのフォルダにまだ残っていて、夜中に勝手に起動してくる。
だから、移行初期に昔の自分に戻る夢を見るのは、たぶんおかしなことではない。
それは「まだ変われていない」という意味ではないと思う。
むしろ、現実が変わったからこそ、脳が古い記憶とのズレに混乱しているのかもしれない。
最初は、昔の場所に戻される。
次に、女性としてそこにいるけど、まだ怯えている。
そのうち、ただ普通にそこにいるようになる。
夢の中の自分も、少しずつ今の自分に追いついてくる。
その変化は遅い。
でも脳はたぶん、私を苦しめようとしているわけではない。
古い地図を持ったまま、新しい住所を探しているだけなのだと思う。
だから今、昔の自分に戻る夢を見てしんどくなっている人がいたら、私はこう言いたい。
大丈夫。
夢は遅い。
でも、いつか追いつく。
そのうち夢の中のあなたも、ちゃんと今のあなたとして生き始める。
そして最終的には、性別のことで怯える悪夢ではなく、仕事の締切とか、遅刻とか、謎のネット炎上リスクにうなされるようになる。
それが幸せかどうかは、正直よくわからない。
でも少なくとも、脳内OSは更新されている。
たまに変な通知を出してくるだけで。











