MTF日記/大学院生

MTF当事者(戸変済)の日記

 

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外科手術・ホルモン治療を伴わない性別移行に反対する理由

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「女性は生物学的な性別」と英最高裁が判決

2025年4月16日、英国最高裁判所は極めて象徴的な判決を下した。
それは「女性」という言葉を法律上、生物学的女性に限定するというものである。
これは、性別認識証明書(GRC)を取得したトランス女性であっても、平等法の文脈においては「女性」として扱わない、という厳格な線引きだった。

私はこの判決を知り、正直生きづらい世の中になるかもしれないと感じた。
一方で、やっと世界の一部が現実的な視点に立ち始めたことに対する、ある種の安堵と共感も同時に感じた。

私はGID性同一性障害)当事者である。
診断を受け、外科手術を経て、ホルモン治療も継続している。
そして今、法的にも、社会的にも「女性」として生きている。
この身体でこの社会の中に立っている。

今回の判決が生まれた原因を考察し、
だからこそ私は、断固として、外科手術もホルモン治療も受けていない者が「女性」として法的性別を変更することに反対する。

英国の制度と、日本の「厳格」の喪失

英国においては、性別認識証明書(GRC)を取得すれば法的性別変更が可能である。
だが取得にあたり、手術やホルモン治療は必須ではない。
2年以上の「ジェンダー役割の継続」と、医師の診断書、そして「この先もその性別で生きる意思」があればよい。

一方、日本では性別の法的な取扱いは以下のように法律で定められている

一 十八歳以上であること。
二 現に婚姻をしていないこと。
三 現に未成年の子がいないこと。
四 生殖腺せんがないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること。
五 その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること。

性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律 第三条

しかし、2023年に最高裁が「生殖不能の強制要件」を違憲とし、手術を受けずとも戸籍性別を変更できる道が開かれてしまった。
これは「身体的負担の強要」への配慮として一部で歓迎されたが、私はこの流れに強い危機感を抱いている。

なぜなら、このような「手術も治療もしていない性別変更」が拡がっていくと、「性別」が空洞化し、意味を失うからだ。

そして、この流れが続けば、日本も今回のイギリスのように「女性は生物学的な性別」という判決がでることも容易に想像できる。
なによりも、すでに外科手術を行い性別移行を行った人も同様の扱いを受けなければいけないようになるかもしれないと考えている。

身体的移行を伴わない「性別変更」が社会にもたらす危険性

性自認」はもちろん重要だ。
しかしそれは他人が介入できない、主観的な内面の感覚である。
一方、法律や公共の場において求められるのは「客観的で検証可能な基準」である。
これは法の運用上、当然の前提である。

もちろん、その場その場で性別を厳格に判断する必要なないが、何か問題があった際には、法的な性別によって検証を行う必要があると考える。

女性専用スペース、女子トイレ、女性用更衣室、女性刑務所……。
こういった空間は、女性の安全を守るために存在している側面もある。
そこに、身体的移行を伴わない者が「法的に女性だから」としてアクセスできるようになれば、何も起こらなかったとしても今回のような判決がいつか待ち受けているだろう。

事実、近年では「偽トランスジェンダー」が女子更衣室や女性収容施設で事件を起こすケースが報告されている。
そして、そのたびに「本物のトランスジェンダーまでが疑われる」という、極めて不幸な構造が生まれている。

これは当事者にとっても社会にとっても不利益しかもたらさない。

GID性別移行者としての「覚悟」

私は医療的な過程を経て女性として生きている。
外科手術にはリスクがある。
ホルモン治療とは一生付き合うことを意味する。
それでも私はその道を選んだ。

なぜか。
それは、性別移行が私がこの世で生活するための最終手段であったからである。

性別移行は「自己表現」ではない。
それは「社会との関係性を変える」という、他人からすると非常に重い決断である。
しかし、私にとって、これはこうして生まれたからには必然であり、重い決断ではなかった。
生きるということが重い決断であった。
したがって、身体的移行(ホルモン治療・手術)を経ずして「女性」と法的に認めるのは、あまりにも社会を軽視している。

最後に──声を上げる理由

私はGID当事者として、現行の法律が社会に理解され、尊重されることを望んでいる。
しかしそのためには、なんとしてでも法律を変えることを防がなければならない。

その意味で、今回の英国最高裁の判決は、非常に理にかなった判断だったと考えている。
性別変更を「自己申告だけで可能」にすれば、遅かれ早かれ同様の問題が日本でも表面化するだろう。

性自認」を大切にしたいのならこそ、それを社会が信頼できる形で証明するためのプロセス――つまり外科手術やホルモン治療――は、欠かせない。

私の現在は、ただ心で思うだけではなく、血と肉をもって変えてきたものである。
その現実を無視する者がいることは、私の人生と努力に対する冒涜である。

だから私は、断固として主張する。

手術も治療もしていない「性別移行」に、私は反対する。